********************************************************************** どうする:見知らぬ異性が尾けてくる ================================== 水澄晶の場合 ------------  5月5日15時27分。散策中異界に接触。狸に憑かれるも、フリーの退魔士ら しき人物に偶然救出される。操水術の発動する兆候未だ無し。件の退魔士に関 しては写真を添付する。 「意外に暇なんだよなぁ、監視任務って」  安物のオペラグラスから目を離す。軽く走り書きして、ファイルをパタンと 閉じる。もう何枚目かも分からない定期報告書に、少年は溜息をついた。  これほどの手間をかける理由が、果たしてその少女にあるのだろうか。 「いっそ、消すか。上には異能が暴走したって報告して」  戯れを口にして、手に水流を纏わり付かせる。一条打ち出すだけで、水澄晶 の命は途絶えるだろう。口元を歪める。言ってしまえばそれだけの女だ。それ だけの女に、何を遠慮する必要があるのだろう。  ぎりぎりと水流を引き絞る。 「やめとけ、物騒な事は」  突然後ろから掛けられた声に、少年はぴくりと身を振るわせた。 「隠密系というのはどうしてこう皆……」 「なんだ」 「いえ、何も」  素っ気無さを装いつつ。やれやれと溜息をつきながら両手を挙げ、水流を文 字通り霧散させる。 「どうしたんです、加賀さん。こんな所で」  後ろに立っていたのはスーツにネクタイを締めた30がらみの男。一見すると ごく普通の営業マンだ。  少年にはその男に見覚えがあった。バイト先の先輩で、監視任務を得意とす る凄腕の諜報員である。立場的にも、能力的にも、勝てる気はしない。 「なに、通りすがりに不穏当な発言が聞こえたんでな」 「甘いですね、加賀さんは」 「無用な殺生を見過ごせないだけだ」 「それを甘いと言うのですよ」  ぴりぴりと、電気を帯びたような空気が辺りを支配する。 「仕事熱心なのは良いがな。学生、もっと青春を楽しんだらどうだ」 「楽しんでますよ、それなりに」  くすりと笑いながら、思い浮かんだのは触手に囚われた妖魔の少女。 「まぁ、ちょっとクラスメイトと殺し合ったりもしますがね。愉しい青春です よ」  おどけるように言ってみせると、加賀は苦笑を返す。 「……水谷、お前良い性格してるな」 「自分でもそう思います」  まじめに言うと、今度は加賀が肩をすくめ、背を向ける。  少年がほっと肩の力を抜くと、まるでタイミングを見計らっていたように、 肩越しで一言投げかけられる。 「俺が言う筋合いでも無いかも知れないが、普通の青春って言うのもなかなか いいもんだぞ」 「……普通、ね。まぁ、努力はしてみますよ」  答えを選び、返したときには加賀の姿は既になかった。やれやれと、今度こ そ少年は胸をなでおろす。  もう一度、オペラグラスに目をつける。丸い視界の中で、少女が普通に笑っ ていた。普通に泣いて、普通に怒って。これからもきっと普通に生きていくの だろう。  己の身に封じられた水の力に目覚める、その日までは。 「まぁ、僕には決して出来ない生き方だ。少々興味深くはあるな」  監視任務も悪くない。暇ではあるが、言い返せば暇をしているだけで給金が 貰えるのだ。嫌がったりなどしたら罰が当たろう。  不意に己の身に降りかかった危機を知らぬまま、少女の日常は過ぎていくの だった。 $$ **********************************************************************