********************************************************************** イベント『時計塔のラプンツェル』 ================================ プロローグ ----------  終わりの鐘が鳴る。始まりの鐘が鳴る。  そうして、二人の少女は対峙していた。まるで祝福のように、弔いのように 鳴り響く鐘の下で。片方は燃える熱意に瞳を滾らせ、もう片方は氷のように冷 たい憂いを瞳の湛えて。 「もう終わりにしよう」  激情を、低く抑えた声に隠して片方の少女が言った。 「貴女の望みは叶わない。どれほどの縁を繋ぎ、どれほどの業を積み重ねよう とも、一度定まってしまった事実は覆らない。結局、貴女のやっていることは 無意味なんだわ」  対する少女は飽くまで静かだ。長い三つ編を揺らして、小さく首を振る。 「まだ、足りない」 「なにを……ッ!?」  怒鳴ろうとして、少女は口をつぐむ。  音が聞こえた。轟々と唸る潮の音が。なにもかもを飲み込む大水の音が。そ んなはずは無いというのに。たった今それを阻止したはずだと言うのに。  三つ網の少女は、外の景色へと振り返り、言葉を続ける。 「これだけでは、足りない。この箱庭を、無限の円環を断ち切るには、何もか もが足りていない」  つられて少女も外を見る。黒々と横たわる、地平まで続く水の世界。  海はなにもかもを飲み込んでいた。ついさっきまであった人々の営みなど、 かけらの意味も無いとでも言うように。 「これは!」 「原初に横たわりし始まりの水、やがて深淵より来る終わりの水。すべてを溶 かし込み、混ざり合う、全きもの。そして、この世界を浸し、侵すもの……」 「そんな、貴女の動きは封じたはずよ。時計も今回は、発動できないはず」 「いいえ、あなたは勘違いをしていたの。確かにこの世界を封鎖したのは私で、 世界を回していたのも私。円環の要になっているのはこの時計塔だった。けれ ど、そんなことはもう、なんの意味も無いの。あの水が世界を浸したとき、こ の世界から本来の意味は既に失われていたのだから」  突然のひやりとした感覚に身をすくめる。気がつけば、足元にまで水はあふ れている。  ここは学校の中でも一番高い建築物、時計塔の頂上である。南極の氷がすべ て溶けでもしない限り、物理的に考えてありえない事態だった。  だというのに、現実に水はここまで上り詰めて、今もなお水面を上げ続けて いる。それこそ悪夢のような情景だった。 「さようなら、イース。ここまで来たあなたは、これで1326人目よ」  その言葉に息を呑む。  少女は気づいた。自分が、自分だけは唯一であると信じていた自己の連続性 について。結局はそれも、無数に存在する断続の中の一つでしかなかったこと に。その絶望に! 少女は、気づいてしまった。  食いしばった歯から血が噴出す。両のこぶしは自ら砕けんばかりに握り締め られ、蒼白に染まっている。 「いつか、いつか必ず!」  けれど、少女は叫んだ。血を吐くように、喉を裂くように。躊躇も諦観も蹴 散らさんと言うように。世界に、そして自らに、呪いのように刻み込む。 「私の後に続く私が、無限の私たちが! この世界を終わらせる! 私たちは 諦めない、絶対にッ!!」  三つ編の少女はその言葉になにを思ったのか。  一瞬だけ、瞼を見開いて、ためらう様に口ごもりながら。確かにこう呟いた。 「……そうね、私もよ」  返事の代わりに、とぷんと何かが沈む音。振り向けば、少女はもうそこにい ない。目前はすべてが黒々とした水に埋め尽くされている。 「溜まりに溜まったあなたたちは、いつかこの箱庭の境すらも崩して。世界を 浸す大水となるのでしょうね」  水は答えない。答えるはずもない。それに意思はなく、意味もなく、ただた だ世界を溶かすだけのもの。どのような強固な概念も、複雑な理屈も、ただ無 意味の前にはなんの意味も無い。 「それでもわたしは……」  言葉がすべて出でるよりも早く、少女はとうとう大水に飲まれた。  塔もその天辺まで沈み、すべてが水に溶けていく。残るものはない、なにも かもがこの大いなる洪水の内に。  こぽりと、小さな泡がゆれた。  六兎結夜が、そのゴミのように打ち捨てられた夢のかけらを見つけたのも、 或いは一つの偶然だった。  廊下の真ん中に落ちたそれを、なんともなしに拾い上げる。それは六兎結夜 の所有物なのだけれども、そうでないようにも見えた。  ページをめくる。書かれている文字は、そのほとんどが滲んでいて、何を書 かれているか判別できない。断片的な単語だけが、意味も分からず零れ落ちて くる。 「終わらない前夜祭、繰り返される一日、在り得ざる邂逅、矛盾、時計塔から 響く終わりの鐘、始まりの鐘、世界を浸す水――」  乾いて、細かなひびに覆われた、薄黒い革の表紙。紙はごわごわにたわんで、 ぼろぼろに黄ばんでいる。まるで、悠久の如き永き時間を野ざらしにされ続け たかのように。 「……? 私の手帳だよな。なんだろ、これ」  けれどそんなはずは無いのだ。  結夜の所有物である手帳は、今もまさに胸ポケットに納められている。そも そも、これほどぼろぼろになるだけの時間を使い込んだ覚えも無い。 「どうかしましたの、ユウヤ」  後ろから、凛とした涼やかな声がかけられる。  振り返ると、そこにあったのは、豪奢にゆれるシルバーブロンドの縦ロール。 見まがえようもない狩野ロザリンデ花梨の姿。 「ローザ、呼び捨てはないだろう。一応先輩なんだから」 「あら、そうでしたかしら?」  くすくすと、からかうようにローザが笑う。そうじゃないはずないだろう。 と、抗議しようとして、不意に口ごもる。  本当にそうだったろうか? 疑うべくもない事実なのに、なぜか、今にも崩 れそうな砂山の上に立っているかのように。はっきりと自信を持って断言でき なかった。 「……いや、同学年じゃないんだから。どう考えても先輩なのは私じゃないか」 「そうでしたわね?」  見ると、ローザも不思議そうに首をかしげていた。 「あら、その手帳どうしましたの?」 「今拾った」 「え? でも、その手帳、SRAのカラスさまに頂いたものではありませんでし たか? ユウヤの死に巻き込まれ、塵となり崩れるのを防ぐべく、あらゆる魔 術的影響を弾く術を施された……ッ!?」  言葉の途中で、驚いたように息を呑む。  ぼろりと、手帳が端から崩れ落ちていく。幾十の死を乗り越えるべく、不朽 を約束された手帳が、その限界を迎えたかのように。  それは、水に沈めた水溶性の紙にも似ていた。崩れて、解けて、気づいたと きには、跡形もなく消えていく。 「なんですの、今のは……」  結夜は答えず、窓の外を見やる。 「時計塔か――」  丁度その時、ウエストミンスターの鐘を模した、あの耳懐かしいメロディが、 よそよそしく辺りに響き渡った。 概要 ----  正常な時間軸から切り離された箱庭の中で、繰り返される学園祭の前夜祭。  準備と本番、書割の裏と表の入り混じった一日の中。かつて在りし日々、今 過ごせし日々、いずれきたるべき日々が入り混じり、人々はそんな違和感の中 でなにも気づかぬまま、永遠の日を過ごし続けている。  簡単に言えば、霞ヶ池の水を小道具にして、吹利学校高等部でビューティフ ルドリーマーをやろうとか。 PCの参加条件 ------------  かつて吹利学校高等部にいた者、今吹利学校高等部にいる者、またいずれ吹 利学校高等部にきたる者。教師でも生徒でも可。  とりあえず、参加PCが技能値15になるガジェットは用意しようと思ってます。 $$ **********************************************************************