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紫苑の奏でるREQUIEM

これは私の詩です、
     私の中の何かが語りかけてきた言葉です
                     私にささげるREQUIEMです。

 

昨日も、今日も、明日も…、
変わらずに過ぎて行くのが日常。
それはそれでとても幸せなことだけど
昨日も、今日も、明日も…、
全く予想のつかない毎日、
それが生きてるっていうことだと思う


平和というもの
それはたまに行く旅行で
楽しくてずっといたいと思っても
帰ると何かほっとするような場所


変化のない毎日は、
あるいはとても死と似ている。
何も変わらない人は
きっと『死ぬ』まで『生きて』いない


何も変わらないことが『死』というのなら、
何か変わることが『生』である。
何か変化のある死などないし、
ましてや、なんの変化もない『生』などありえない


生きている限り、
終わりとは何かの始まりである。
さて、ここに『死』と言う名の終わりが一つ、
はたしてこの先には何があるのか。


時に人は、重大な過ちに気づくと
責任をとって死ぬといって
死という道に逃げ
責任をとろうとしない…


人を殺すことには
正義も悪もない
あるのはただ、
殺したという事実のみ


壊れた顔を隠すため
割れた仮面をとっかえひっかえ
その矛盾にも気づかずに
割れた仮面を増やしていく


僕らが生まれてきたのは『奇跡』ではない
『偶然』だ
『奇跡』とは誰かが起こすものであり
僕らは誰かによって作られたわけではない
その証拠に、ほら
あなたは自分の足で立っている


『生まれてくる』ということは
とてもすごい『偶然』である。
なのに『死』というものは、
確実に僕らを訪れる。


おそらく『生まれてくる』ということには
何の意味もないのだ
『生きる』ことと『死ぬ』ことに意味はあるのか…
それは自分自身が決めること…


『正義』というのはつまるところその人の『信念』だ
それを見つけるのは大変難しい
時に人々は、周りの『正義』に流され
それを自分のものと思いこむ


平和とは退屈なものである
だが人々は退屈で『死ぬ』ことはない
それが『生きている』ということではないにせよ…
自ら望んだ動乱とは退屈なものではない
だがそれは時に人を『殺す』
それ故、人は動乱を憎み、平和を愛す


歌とはつまり『魔法』である
その旋律は、人々の感情を揺らし
その声は、人々に優しく語りかける

僕らが檻の中で足枷をして生きている事を
気付いてる人はごくわずかしかいない
他の小さな檻を見て満足するような輩は
一生気付く事もあるまい…

私たちは碧楼の夢の中に
生きることもなく
死ぬこともなく
碧楼の夢をさまよう

初めは常に無垢なる者
『それ』を育てしは周りの者
もし『それ』が穢れし者なれば
真に穢れしはその世界なるかな


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music by Sora Aonami


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